『この世界の片隅に』全3巻のネタバレ感想をレビュー。作者はこうの史代。掲載誌は漫画アクション。出版社は双葉社。一見するとファンタジー漫画っぽいタイトルですが、ジャンルは青年コミックの戦争漫画。絶賛AmazonのKindleでもダウンロード購入・無料で試し読みが可能です。

この漫画を原作としたアニメ映画が割りと話題になってるらしいので、『この世界の片隅に』が面白いのかつまらないのか考察してみました。ちなみにおすすめ戦争漫画ランキングはいずれアップする予定。


「この世界の片隅に」のあらすじ物語 ストーリー内容

舞台は戦中(1940年前後の頃)を舞台にした広島県。主人公は水原すずというどこにでもいる少女。ボーっとした性格のせいで、たまにさらわれそうになった場面も。すずは絵を描くことが大好きな少女で、すくすくと成長した。

『この世界の片隅に』の物語は、すずが広島県・呉市に住む北条周作という男に嫁ぐ場面からストーリーが始まります。果たして戦争は広島県に何をもたらしたのか。すずという一国民・一市民に何をもたらしたのか。柔らかい絵と軽いタッチで「第二次世界大戦」の重い描写を描く。


戦時中のなにげない広島県の日常の中の異物

『この世界の片隅に』は戦争漫画ってことで悲壮感が溢れてるかと思いきや、むしろ主人公・すずののほほんとした性格と同様に、当時の広島県の何気ない日常や風景が主に描かれてる。

この世界の片隅に1巻 広島 風景描写
(この世界の片隅に 1巻)
例えば、すずが水原という男子生徒と一緒に地元の海を写生してる場面。画像は「絵の中にいる二人」演出してることもあってデフォルメ感が強めですが、ホンワカしたタッチと相まって「柔らかい世界観」が描写されてる。

だから『この世界の片隅に』を読み進めていくと「戦争」の二文字をつい忘れさせる。広島の町並みは平和そのもので、他にも井戸水から水くみする場面やお裁縫する場面など、そこには人々が確実に息づいていて経済活動を行ってる。

作者・こうの史代があとがきで「戦時の生活がだらだら続く様子を描くことにした」と語っているように、まさにのどかなシーンしかないと言ってもいいぐらい。絵柄こそやや独特なタッチですが、それでも広島県の呉市を様々な場所から丁寧に切り取ってくれてる。

ただその平穏な日常には確実に「戦争」という異物が存在してる。すずと周作が肩を寄せあって段々畑ところから海を眺めてる先には、世界一の戦艦とされた大和が浮かんでる。言ってしまえば「忘れさせる作業」があるから「思い出させる作業」が生きてくる。

この世界の片隅に1巻 修身 授業時間割
(この世界の片隅に 1巻)
すずが小学生だった時の授業の時間割には「修身」の文字。修身とは今でいう道徳の時間。1890年から1945年の敗戦まであって、かなり優先された授業の一つ。実際に修身で道徳心が養われていたとしたら、それこそ戦争に突入してるわけがないので、こういった過去から道徳の時間が現在も批判されることも多い。

すずが義母をダンナ・周作が通っていた母校の小学校に連れて行ってあげた時、周作の母が「ダンナが仕事を解雇されて大変だった」と思い出話を語る。戦前であろうが戦時中であろうが、戦後であろうが食い扶持がなくなることは一大事。

この世界の片隅に1巻 街中に大きな日の丸
(この世界の片隅に 1巻)
ただ大きな日の丸が幾つもはためく街中を背景に「それが大ごとじゃ思えた頃がなつかしいわ」と義母がポツリ。仕事がなくなることが些細に思えるぐらい、戦争は広島市民にとって大ごとになってしまったことを暗に皮肉ってる。日の丸はやはり「戦争」の象徴でしかない。小学校自体も尋常小学校から国民学校へ名称が変更されてるなど、より戦争を象徴するアイテムとして描かれています。

この世界の片隅に2巻 水道 軍優先
(この世界の片隅に 2巻)
すずが久しぶりに同級生の水原と再開した場面では、すずが「水道も断水ばっかりなんと。軍優先じゃけえね」とポツリ。戦争優先で市民生活が虐げられていたことが暗に伝わります。

この世界の片隅に2巻 竹槍
(この世界の片隅に 2巻)
竹槍を使って女子供たちが訓練させられる場面や、すずが子供を何人も産まなきゃいけないと語ったり、戦時中の空気感や市民たちがどう生きていたかの雰囲気が伝わってきて面白い。

この世界の片隅に1巻 建物疎開
(この世界の片隅に 1巻)
個人的に驚いたのは「建物疎開」。

自分の家を壊してどこか田舎へ疎開させられる。建物疎開の目的はアメリカ軍から空襲を受けた時、延焼しないように空き地を作らされていた。現代の価値観からしたらそんなことを強制させられたらたまったもんじゃないですが、それも「やむなし」と思わせる戦時中の空気の気持ち悪さが間接的に伝わってきます。


暴力が暴力に屈した8月15日

『この世界の片隅に』の最終回・結末はやはり終戦。ストーリーがそこへ向かっていくに連れて、空襲を受けるなど戦争がもたらす悲惨さも増していく。

この世界の片隅に3巻 径子の娘・晴美
(この世界の片隅に 3巻)
アメリカ軍が落とした時限爆弾に見舞われて、ずっと妹のように接していた義理姉・径子の娘・晴美が死んでしまい、同時にすずは右手を失ってしまう。それまでノホホンとした性格のすずや穏やかな風景がフリとして対比的に活かされて、より被害の深刻さが鮮明に写ります。

この世界の片隅に3巻 昭和天皇の玉音放送
(この世界の片隅に 3巻)
昭和天皇の玉音放送が流れた時も、すずたちはピンと来ない。これまで軍部やマスコミは散々と戦争を煽っていたわけですから、いきなり戦争が終わったと言われたところで理解できるはずもなく当然の反応。ここからは勝手に戦争を始めて、勝手に謝罪もなく無責任に逃げた軍部たちに対する批判も込められているのかも知れない。

しかも天皇の声もカタカナ表記で味気なく無機質。全く感情がこもっておらず、どこか天皇に対する批判も読み取れます。また玉音放送に対してすずたちは「まるで人間の声」といった反応を示すんですが、天皇は神と教わっていたためまさに「コイツ誰やねん」状態。戦前教育ってのが暗に崩れ落ちたことも示してる。

だから日本国民が天皇に陶酔しきっていたという指摘もありますが、当然それまで多くの国民は天皇の肉声を聞いたことがなかったので、実は天皇バンザイな愛国者ほど玉音放送にはピンと来なかったのかも知れない。

ただあくまですずたちの目線は「被害者側」の視点で描かれる。だから『この世界の片隅に』では日本の加害責任が言及されていないといった批判もあるらしい。確かに日本の戦争漫画や戦争映画は常に薄っぺらい被害者視点で描かれるばかりで、どうしても「加害者視点」で描かれることは少ない。

でも『この世界の片隅に』では一応「日本の加害者視点」で描かれてるのかなーと思わせるシーンが最後の最後であります。それが前述の玉音放送を聞いたすずが、「まだ左手も両足も残っとるのに納得できん」と外へ飛び出すものの、平和な空を見上げて「この国から正義が飛び去っていく」と崩れ落ちる。

この場面ではためくのが「太極旗(大韓帝国の国旗)」。まさに朝鮮民族や独立運動を象徴する旗。そしてすずは「暴力で従えとったということか」「じゃけえ暴力に屈するいうことかね」「それがこの国の正体かね」「うちも知らんまま死にたかったな」と泣き崩れる。

ここで作者・こうの史代が伝えたかった「暴力」の意味は、前述の「正義」という表現も加味すると、日本がアジア解放という美名の下で朝鮮半島などを武力で植民地化して支配した、という歴史的な事実を指してるのかなーと思います。暗に日本で現在も差別されている朝鮮人の怒りの発露を「太極旗」で表現してる。

日本は武力で世界やアジア諸国を侵略しようとした結果、アメリカという武力に逆にブチのめされたわけです。まさに暴力(日本)が暴力(アメリカ)に屈したのが8月15日。そういう点では「日本の加害者責任に触れている」とも言えます。

ただ残念ながら、それまでのストーリーで「朝鮮人や韓国人」が登場することはないため、まともな近現代史の歴史的な知識を身に着けてない限り、さすがに太極旗一つだけで日本の加害責任に強く触れて批判しているかといえば微妙。むしろ「唐突感」しか感じなくても仕方ないのかもしれない。

例えばポンコツユーチューバーのKAZUYAやネトウヨまとめブログを好んで見てるような連中だと絶対理解できないはず。いわゆる朝鮮人が戦後に日本を裏切ったー的なアホな切り口でワーキャー騒ぐのが関の山でしょう。実際にはそれまで朝鮮人は抑圧されてから黙ってたにすぎないわけですから。

もちろん『この世界の片隅に』は他の漫画や映画作品と比較したら、まだ日本の加害責任について触れてる作品なのかも知れませんが、これで十分読者に何か伝わって胸にストンと落ちるかと言えばやはり物足りなさも残るのも事実か。


「この世界の片隅に」の総合評価 評判 口コミ

『この世界の片隅に』の感想としては、古くさい絵柄から受けた印象には反して読み進めていくと意外と悪くはない

当時の広島県や呉市の何気ない日常や風景を素直に切り取っていて、戦争ものにありがちな大げさな脚色が薄く却ってそれがリアルに新鮮に写る。そこにさり気なく「戦争という悪」を放り込んでくる上手さもあって、この対比やギャップ感から描かれる戦前の日本の愚かさや戦争の無意味さが柔らかなタッチの絵柄から想像できないほど鮮明に伝わってくる。

どうしてもメッセージ性という点ではやや弱さや曖昧さは残るものの、日本国内における戦争漫画や戦争映画といったジャンルの特性を考えると『この世界の片隅に』にだけが別に取り立てて異質なものではなく、良くも悪くも政治性の弱さ・薄さとも好意的に解釈することもできて、そのことで却って幅広い読者に受け入れられる素地があるとも言えます。それゆえに産経新聞でも『この世界の片隅に』という映画をおすすめできたのか。

『この世界の片隅に』の発売年は2010年前後とやや古い作品ですが、最近アニメ映画が人気ということで戦争ものが好きな方にはおすすめしておきます。もちろんマンガマンガした面白さはないので注意したいですが、韓国やアジア、世界各国と「未来志向」で手を取り合おうとする中、日本が犯した過去の愚かな戦災について日本人全体が改めて学びたいところです。