『吾輩は猫である まんがで読破』のネタバレ感想。原作者は夏目漱石。言わずと知れた『吾輩は猫である』をコミカライズしたもの。作画担当した方の名前は記載されてないので不明。夏目漱石の『坊っちゃん』が実写ドラマ化されるらしいので何となくレビュー。

あらすじ

主人公は、名無しの野良猫。一人称が吾輩(わがはい)。便宜上、名前を「吾輩」ということにしておきます。その吾輩が、ひょんなことから珍野苦沙弥という偏屈な英語教師に飼われるようになる。どれだけ偏屈かは後述しますが、胃弱のくせに腹いっぱいモノを食べたりする。

ちなみにマンガの冒頭にも書かれていますが、吾輩は実在した猫がモデル。つまり偏屈な英語教師の珍野苦沙弥は、夏目漱石自身がモデル。だから珍野苦沙弥が胃弱体質となってます。

個性的なキャラクターたちを猫目線で観察

珍野苦沙弥は流行りに飛びつくのが好き。ただ三日坊主というか、何も身につくことはなく気付いたら止めてる。そのくせダラシがなくて、書斎では書物を開いてグースカ寝ている。基本的には出不精で、誰とも会いたがらない。典型的な内弁慶タイプ。

吾輩は猫である まんがで読破 珍野苦沙弥の屁理屈
奥さんや女中には態度が尊大で、背が低いことをなじられてキレた奥さんに対しては、「結婚してから伸びると思ったんだよ」と屁理屈全開。明治時代の平均初婚年齢が20代前半だったらしいので、おそらく現代と同じようにこういう理屈は成立しないでしょう。

吾輩は猫である まんがで読破 珍野苦沙弥の鼻毛
そして何故か鼻毛を抜くのが得意。これを見た奥さんが大爆笑。明治時代の下ネタは、まさかの鼻毛。ちなみにマンガでは描かれてませんが、原作小説では鼻毛を抜いてはペタペタと貼っては眺めてた気がします。だから現在でもこういう癖を持ってる人はいそう。昔自分は抜いた眉毛をテレビにペタペタと貼ってたことを思い出しました。

ただ珍野苦沙弥の元には苦沙弥に負けないぐらい、個性的なキャラクターも集まってくる。

美学者である迷亭はテキトーな嘘をついては、人を褒めあげて担いではそれを見て楽しむ。流暢な語り口ゆえに、みんなコロッとダマされる。水島寒月は珍野苦沙弥の元門下生で、イケメン。ただ話がクソ退屈。他にも多々良三平や、鼻子というまさに鼻持ちならない金持ち女など色々と登場。もしかすると彼ら彼女らも実在したのかも。

吾輩は猫である まんがで読破 吾輩が観察する人間模様
こういった面々を吾輩が観察して、猫目線で批評や感想を語らせている。この吾輩の語り口が軽妙で、また、お前はどの立場からツッコんでんねん?という態度や状況に可笑しみがあるんだと思います。というか、珍野苦沙弥の前述の屁理屈然り、確かに「会話劇的な面白さ」はあるかも知れない。

例えば、吾輩は泥棒にツッコんだりもする。珍野苦沙弥が寝床に大事そうに置いてた箱があったそれを泥棒は金目の物がどっさり入ってると勘違い。喜び勇んで持って帰るものの、実は山芋が入ってるだけ。
吾輩は猫である まんがで読破 泥棒
それを「ただの山芋であるぞ!」とツッコミ。ツッコミという文化が最初に形として花開いたのは、吾輩は猫であるだったりして?(笑)

どんな内容か分かりやすい

明治時代に発行された小説ということもあって内容が面白いかどうかは別として、『吾輩は猫である』という小説は一体どういう内容であるか?は分かりやすい。

吾輩は猫である原作小説は意外に分厚い
実は『吾輩は猫である』って、意外にもこれぐらい分厚い小説。およそ475ページ。「吾輩は猫である。名前はまだない」というアホっぽい書き出しから最初は舐めてかかったものの、ボリューム感たっぷりで文章量がエグい。

自分は高校生ぐらいに読んだ気がしますが、だから読み終えるのにかなり時間がかかった。小説のカバーがボロボロであることからも何となく察してもらえると思います。

しかも知らない単語も多い。例えば、女中。今で言うところの家政婦さん。そこそこ裕福な家庭だと一家に一人ぐらいいたらしく、珍野苦沙弥家(夏目漱石家?)では「おさん」という勝ち気な女中がいた。ちなみに吾輩はおさんに何度もシバかれそうになる。

他には「車夫(しゃふ)」。明治時代には当然自動車はほとんど存在しなかったので、もっぱら移動手段は「人力車」。この人力車を引いてる人を車夫と呼ぶそう。最初は「変な人名のオッサンやなー」とか思ってました。

でもマンガだと視覚化されるので混乱することは比較的少ない。

例えば、前述の泥棒は結果的に捕まる。個人的に驚いたのが明治時代の風習だったのか、刑事と泥棒が珍野苦沙弥に二人で謝罪しに来る。明治時代にも警官には 警官用の制服があった気はしますが、刑事の服装はいかにも私服っぽい。だから珍野苦沙弥は刑事と泥棒を間違えるというオチ。きっと実際の夏目漱石も間違えたのかも知れませんが、これは小説だと分かりづらかった笑いかも。

だから明治時代の歴史的な知識が少なくても簡単に読み進められる。前述のように475ページある小説が、200ページ前後のマンガにまとまってるので窮屈さはない。だからといって内容に過不足もないので中学生や高校生向けのマンガに仕上がってます。

吾輩は猫である まんがで読破 オチは水死
オチを書いておくと、吾輩が水ガメに落っこちて死んでしまう。リアルの吾輩は病死だったそうですが、あっけない幕切れに「何やねんこれ」と思ったのが最初の感想。ここまでダラダラと書いておいて、最後はまさかのバッドエンド。

総合評価

また明治時代の時代背景や世相や生活っぷりを読み取れて面白い。当然いろいろと変わってる部分もあれば、意外に変わってない部分もある。

吾輩は猫である まんがで読破 楽雲館の私立中学生
例えば、中学生は明治時代から生意気。珍野苦沙弥家のすぐ近くに楽運館という私立中学校がある。休み時間などになれば野球をするもんだから、ボールが珍野苦沙弥家の庭にバンバン入ってくる。

ウラで金田家というお金持ちが画策してたんですが、思わずドラえもんか!とツッコんでしまった。大人になって初めて分かりますが、ヒトの敷地に入ってくる無法さはエグい。マンガではあっさり処理されてる感はありますが、ここらへんの生意気な生徒たちのやり取りは『坊っちゃん』でも活かされてるのかも。

ちなみに野球(ベースボール)は明治時代からあったんですね。というか、アメリカからちょうど輸入された時期。夏目漱石と親友だった正岡子規が「死球」といった単語を翻訳したと言われてますが、だから意外に最先端のネタを取り入れてたりもする。ちなみに正岡子規が亡くなった気分転換で書き始めた小説が『吾輩は猫である』だそう。

他にも警察のマニュアル対応のダメっぷりも伺えます。前述の泥棒のクダリでは深夜に寝てる最中に空き巣に入られたのに、「何時頃に入られたんですか?」と警官から質問される珍野苦沙弥。それが分かってたら、コッチで泥棒をとっ捕まえてるやろっていう(笑)

『まんがで読破』シリーズはしっかり勉強になって、意外に面白いと思いました。そろそろ夏休みも終わってしまいますが、小中学生が大嫌いな読書感想文の宿題をする上では役立ちそう。小説はボリュームがあるので、マンガ一冊分で内容がまとまってある価値や意義は相当大きいはず。

吾輩は猫である ―まんがで読破―
夏目漱石
イースト・プレス
2013-06-28


◯展開★3◯テンポ★4
◯キャラ★4.5◯画力★4
◯おすすめ度…81点!!!!