『漫画貧乏』のネタバレ感想。作者は佐藤秀峰。ジャンルとしてはエッセイ漫画に属すると思いますが、半分以上は文章で構成されているので少し注意が必要。

漫画貧乏
佐藤秀峰
佐藤漫画製作所/漫画onweb
2014-05-30

…とはいえAmazonのKindleでは無料配信されているので、気になる方は躊躇なくダウンロードしてあげましょう。佐藤秀峰の熱い思いが詰まっている本で、とにかく金儲けより「読んで欲しい・知って欲しい」という感情の方が先立っているんだと思います。

内容をざっくり説明しておくと、佐藤秀峰が運営する「漫画 on Web」を開設するに至る過程とその後が書かれています。何故サイト開設に至ったのか。出版社とのイザコザ。サイト開設の苦労話やどれだけ儲かっているのか、そして今後の展望などなどなど。

これらは2012年3月前後に書かれたらしいですが、とりあえず2016年5月現在もサイトが閉鎖されていませんので佐藤秀峰の目論見自体は比較的成功していると言えそうです。


海猿の成功の裏で

この本の構成としては、まず編集者とどういうイザコザがあったか?といった漫画が掲載されてます。

佐藤秀峰は『海猿』や『ブラックジャックによろしく』といった人気マンガを数多く輩出するなど、漫画家としてはかなり成功した部類に入ると思います。ただ意外に苦労していた模様。特に編集者の佐藤秀峰に対する態度が傍から見ててもイラッと来ます。

例えば『海猿』はヤングサンデーという今は亡き雑誌で掲載していました。浅野いにおの『ソラニン』などが掲載されてた雑誌。でもそこでセリフの無断改変が何度も行われたそう。「北朝鮮の工作船」を「工作船」に言い換えた有名な案件。

漫画貧乏 佐藤秀峰の心の叫び
思わず佐藤秀峰も「名前を晒して勝負してるのは俺だろうがァァ!漫画を創ってる人間が漫画に命をかけられなくて、誰が漫画に命を懸けられるんだよぉぉぉ」とブチ切れ気味。そこで佐藤秀峰が自ら『海猿』の打ち切りを願い出たそう。ちなみにその結果か分かりませんが、ヤングサンデーはしばらくして廃刊の道を辿ります。

ただこれは小学館に限った話なんでしょうか?

漫画貧乏 月刊アフタヌーンから全否定
そこで他社を見てみると、佐藤秀峰が最初に漫画を持ち込んでいたのが講談社の『月刊アフタヌーン』。佐藤秀峰は何度も賞レースで賞を取ってたそうですが、連載作品のために描いた原稿はボツの連続。そこで悩んでいた佐藤秀峰が「俺の漫画のどこがダメなんでしょうか?」と尋ねると、そこの編集者曰く「てゆーか君がダメ」と人格を全否定。うーん、このブログで書いてる批判がなんだか可愛く見えますね(笑)

漫画貧乏 無断改変
だから佐藤秀峰がモーニング(講談社)で『ブラックジャックによろしく』の連載を始めた時も、やはりセリフが4箇所無断で改変されたそう。5話目では登場人物の名前まで無断で変更させられたそう。これはさすがにヒドい。

確かにセリフが長すぎて文字が小さくなる、また覚えづらいキャラ名も世の中には多い。だから編集者がやったことに一定の理解もできますが、その名前が後々ストーリーの中で重要な意味を持つパターンも多々あります。作者に無断で改変することが横行すれば、マンガの世界観自体が破綻しかねません。

『ブラックジャックによろしく』が読者アンケートで好評+実写ドラマ化のオファーでテンション上がったものの、すぐさまの激しく落ち込む佐藤秀峰が笑えます。

漫画貧乏 一方的に責められる佐藤秀峰
そして実写ドラマ化に伴って、医療知識に間違いがあって『ブラックジャックによろしく』にクレームが来たそう。その時も「作品の著作権者は佐藤さんなんですよ!」と編集者に逆ギレ気味に責任を押し付けられたらしい。

一応、出版社は自らの判断で9話目から医療監修者を付けてた。この時も佐藤秀峰と「勝手にそいつの名前をクレジットすんな」と一悶着があったそうですが、この経緯を考えると医療過誤についての責任は出版社側の方が重い気がします。

他にも佐藤秀峰と編集者の間には色んな揉め事があるんですが、一番大事なことはお金。つまりが原稿料。『ブラックジャックによろしく』の発行部数は結果的に1000万部以上を超えた人気漫画ですが、言うまでもなく連載中も大人気。

だから佐藤秀峰は何度も原稿料アップを編集者に求めてたそうですが、「原稿料とは作家の評価×実績により算出されるものであり、制作費を保証するものではない」などと全て拒否されてたらしい。編集者が言わんとすることも理解できますが、少なくとも佐藤秀峰は原稿アップの条件を満たしている気はします。

漫画貧乏 原稿料
そこでモーニング編集部に連載作家の原稿料に関する資料を提出させると、その平均額が3万円ちょっとだったらしい。一方、佐藤秀峰は2万3000円。まさかの平均以下!そして畳み掛けるように「ブラックジャックによろしく休載」というセリフが笑えます。

結果としてはモーニング編集部への不信感が頂点となって、連載が中止。再び小学館に佐藤秀峰は戻って、続編にあたる『新ブラックジャックによろしく』の連載をビッグコミックスピリッツで始めます。この時についての不満は書かれていないので、多分編集者との衝突はなかったものと考えられます(多分)。


編集者がとにかく嫌いですねん

結論から書くと、とにかく編集者憎しが強い内容。だから個人的には読者視点の意見は見当たらないのは気になった。佐藤秀峰自身は「漫画は読者のため」と主張こそしていますが、「漫画家 VS 編集者」という対立の中で読者の存在を語っているに過ぎない印象。

漫画貧乏 楽しくやれ
だから「君のやってることは戦争だ。新しいことが始まるときは楽しくてワクワクでなきゃいけない」と他の漫画家から諭されてる一面もあるなど、終始ピリピリムード。そして佐藤秀峰自身の行き当たりばったりな行動も目立つ。

漫画貧乏 佐藤秀峰の落ち度
例えば当初「漫画 on Web」に人が集まらなかった時、佐藤秀峰は起死回生策として『ブラックジャックによろしく』を無料で公開したことは記憶に新しいです。その目論見は見事に成功したものの、あまりにアクセスが集まりすぎてサーバーがパンク。佐藤秀峰自身が管理画面にログインできなかったほど。

この件について編集者とフジテレビがほくそ笑んだか定かではありませんが、さすがに佐藤秀峰の素人仕事が目立つ場面も多いです。

漫画貧乏 本は所有物 佐藤秀峰がアレ
他にも課金制に悩んでいた頃、佐藤秀峰は自分の漫画をサイトで売ろうとする。そこで出版社から紙のコミックを仕入れようとすると「本の所有権は出版社のもの」と拒否される。もちろん佐藤秀峰は激怒。ただ一見すると出版社が間違ってるように聞こえますが、これは出版社の方が正しい。

読者でも本屋なり通販サイトから漫画の単行本を買えば、当然所有権は読者にある。だから、その漫画をブックオフや中古屋に売るのは自由。そういった読者の行為に対して、いくら作家さんでも抗議はできません。

佐藤秀峰を応援したくても、そういった多少のツッコミどころは気になりました。


人気漫画ほど儲かる仕組み

個人的に面白いと思った情報が、単行本一冊あたりの原価。言われてみたら当然なんですが、一度に大量に刷れば刷るほど一冊あたりの原価が下がります。

漫画貧乏 刷り部数による原価の違い
具体的には刷り部数1万部だと原価が230円100万部だと原価が130円まで下がります。当然、利益は更に差が開きます。具体的には前者が285万円ぽっちに対して、後者は3億8500万円。出版社からすれば不人気なマンガほど全く利益は出ず、人気なマンガほど利益が爆発的に増える仕組み。

逆に言えば、Kindleや楽天コボといった電子書籍の場合は原価は常に一定。おそらく100万部の原価よりも安いはず。不人気マンガをコミックス化しても、それを全部売り切ってようやくトントンなレベル。まさに紙はお荷物。

だから前に「打ち切り漫画は紙のコミックが発売されなくなる?」という記事を書きましたが、この数字を見せられれば自信しか湧きません。もちろん部数的には紙コミックの部数の方が売れてるのは現実ですが、それでもKindleだと印税率は高いので、結果的に紙コミックほど売れなくても不人気作家さんの不利益に繋がらない気もします。むしろ全巻まとめて1000円程度で売った方が確実にさばけるかも。

重版出来(松田奈緒子)』という漫画家漫画を読むと、新人漫画家のコミックを売ろうと必死に奮闘する編集者が描かれてますが、現実的には出版社としては無慈悲な判断をバンバンと下す日は近いでしょう。人気がないから打ち切りになってるのに、そんな漫画が売れるわけがないんだから。

もちろん『ハイキュー!!』の古舘春一や『僕のヒーローアカデミア』の堀越耕平など打ち切りから這い上がってる人気漫画家も数多い。『バクマン。』によると少年ジャンプは年単位で契約金をもらえるらしいので、こういった対策で新人漫画家をバックアップしていくのではないだろうか。

ちなみに、この件に関しても佐藤秀峰は不満をぶつけてます。人気漫画家だからこそ一度に大量に部数を刷ります。つまり、その分だけ出版社は儲かってる。じゃあ、その分を漫画家(佐藤秀峰)に還元しろやという理屈。

ただこの件についても、あらかじめ契約で印税は何%と決まってるはず。そんなことが柔軟に許されるのであれば、逆に売れない漫画家の印税を勝手に出版社が下げていいことになる。出版社側からしたら、確かに売れる漫画で儲けてるけど、同時に売れないヤツの負担も背負ってる。そういったことをされて困るのは、おそらく漫画家さん側でありましょう。


総合評価


『漫画貧乏』の感想としては、「編集者のあり方」みたいなんを考えさせられます。過去の経緯を知れて面白く、フジテレビとの一件もこういったイザコザの延長線上にあったんだろうなーと容易に想像できます。

ただやはり「読者視点」での考察や展望が見られないこと。出版社憎しが強すぎて、読者が置いてけぼりの感は少なからずあります。佐藤秀峰が色んな野望や展望も語ってても、あくまで対立という文脈で読者を語ってるに過ぎず、「最終的に読者がどう感じるのか?何を求めるのか」といったアプローチは少なかった印象。

漫画貧乏 才能がある人が消えていく
あと「人気が出ない漫画家」の存在も無視している気がする。佐藤秀峰は「才能がありながら消えていく漫画家は多い」と色々書いてるんですが、言っちゃあ悪いですが、本当に才能があったらどんなカタチであれ売れてるはず。漫画に人気が出たら少なくとも金銭面でそこまで苦労することはめったにないはず。

みんなが売れる・儲かるなんてこともあり得ない。佐藤秀峰は面白い漫画を描いて人気が出たのに、編集者から不遇な扱いを受けてた。だから読者の多くは同情してくれていたんだと思います。でもダメな漫画家はやっぱりダメ。面白くない漫画を描いてる人が不遇な扱いを受けていたとしても、読者の多くは誰も同情しないでしょう。そこら辺の漫画家も含めて、佐藤秀峰は全て同列視している感じがしたのは気になった。

結局、編集者はそういう漫画家たちを切り捨てるだけ。編集者には個々の漫画の才能を伸ばすチカラはない。強いて言えば、もし「漫画 on Web」に参加することで、佐藤秀峰からアドバイスやダメ出しを受けて才能を伸ばせるのであれば、きっとどんな漫画家もみんな夢を持てる。そこが漫画家がサイトを運営する強みでもあるのでしょう。