『累-かさね-』1巻から6巻のネタバレ感想。作者は松浦だるま。イブニング(講談社)で連載中のサスペンス漫画。最新7巻は今月11月20日に発売予定。元SKE48の松井玲奈が好きらしい。

そこで面白いかつまらないか考察レビューを書いてみた。


あらすじ

かつて見た目は美しく、演技力も抜群。まさに「伝説の女優」の名を欲しいままにした淵透世(すけよ)という女優がいた。しかし、ある日、突然亡くなってしまう。主人公はその透世の娘・淵累(ふち・かさね)という少女。

累-かさね-1巻 淵累の醜い顔
(1巻)
母とは異なり、累(かさね)は非常に醜い顔だった。そのことで周囲から散々にイジメられる。小学生ながら凄惨さを極めるものだった。ある日、学芸会で「シンデレラ」を演ることが決定。累(かさね)が主演のシンデレラを押し付けられる。それだけではなく練習に参加させず、累(かさね)はぶっつけ本番を強いられることになる。

ただ累(かさね)は天性の演技の才能に恵まれていた。また自分が伝説の女優である母の娘というプライドも妥協を許さなかった。ぶっつけ本番でも舞台では何の支障もなく演じ、観客の子供たちを魅了した。イジメっ子たちすらも思わず感心を覚える。

しかしイジメの主犯格の女の子は面白くない。自分の美少女だから、なおさらブスがホメられるのが気に食わない。そこで強制的に累(かさね)を舞台から引きずり下ろす。

累(かさね)は改めて気付く。「どんなに努力しようと、どんなに上達しようと、私の顔では母の娘だと証明することができない」。そこで母の言葉が頭をよぎる。「ひとりぼっちで本当に辛い時は、鏡の引き出しの中の赤い口紅を塗って、あなたのほしいものにくちづけを」。

累-かさね-3巻 淵累の執念
(3巻)
もう全てイヤになった累(かさね)を止めるものは何もない。母親の言葉通りにイジメ主犯格の美少女とキスをすると、顔が入れ替わってしまう。そして累(かさね)はそのまま舞台上で再び演技をすることになるが、先程の醜く卑屈で愚かだった淵累(かさね)はそこにはいなかった。そこには本物の「シンデレラ」が立っていた。

美しいものであるが故の絶対的自信、美しいものが演じることへの周囲からの素直な賞賛、それ故に演じることへの喜びや楽しみ、そして同時に醜いものに戻ることへの恐怖、母親・淵透世も自分と同じく醜い生き物だったという事実を発見する累(かさね)。

累-かさね-1巻 母・淵透世
(1巻)
醜悪であるが故に不当な扱いを受けてきた累(かさね)は、そこで美しいだけで得られる「快楽の味」を覚え、一瞬で病み付きになる。また顔が美しいだけでこれだけ愛されることも知ってしまう。画像は亡き母が「(美人から)顔も愛も奪い取ってやりなさい」とけしかけられている(と累が思ってる)場面。

ちなみに口紅の効能は一時的なものに過ぎない。果たして、累(かさね)はどういう人生を歩もうとしていくのか?顔が入れ替わるというファンタジー設定もありますが、基本的にはサスペンス仕立ての展開。


かさねの揺れ動く心情

累(かさね)が丹沢ニナという女優志望の美人と出会ってから、ストーリーは一変する。

丹沢ニナは「眠り姫症候群」と呼ばれる持病を抱えていて、一度眠ってしまうと何ヶ月も起きないことがあった。当然まともに学校に通うことはできず、塞ぎがちになっていたところ、演劇ワークショップで烏合零太という演出家に出会い、恋に落ちる。そこで女優として再び烏合零太に会うことを決意する。

でも病状は悪化する一方。両親とは22歳までに病気が完治しなければ女優は諦めなさいとさとされる。そこで累(かさね)の存在を知った丹沢ニナは、自分の代わりに累を舞台に立たせることで、「丹沢ニナ」という虚像を作り上げようとした。もちろん累は累で、自分が舞台で演じ続けることができるので、その要求は願ってもないものだった。

そして「丹沢ニナ」こと累はメキメキと頭角を現し、烏合零太という演出家と再び出会うことに成功。この烏合零太が演出する舞台も話題になって、「丹沢ニナ」の名前は世間から注目されるようになった。

累-かさね-2巻 丹沢ニナ
(2巻)
ただ結果的に丹沢ニナ本人は、あまりに巨大に膨れ上がった「丹沢ニナ」像に押し潰されてしまう。最初はあとで自分の演技力を磨き上げればいいと安直に考えていたものの、累が演じる「丹沢ニナ」はどんどん先へ進んでいって、誰の目から見ても追いつけないことは明らかだった。

しかも累も烏合零太にホレてしまい、二人は良い関係に発展する直前まで行く。危機感を感じた丹沢ニナは累から口紅を奪って、強制的に自分の顔に戻ってデートしたものの、烏合零太から「君は何か違う…」と言われてフラれてしまう。まさに泣きっ面に蜂。そして丹沢ニナは自分から命を絶つ選択を選ぶ。

この結論をネタバレしておくと、丹沢ニナは生き残って植物状態になってしまう。

累-かさね-3巻 淵累の葛藤2
(3巻)
つまり累はいつでも「美人化」できる絶好の状況になったわけですが、心の奥底では常にモヤモヤ。累は自責の念にさいなまれる。

自分をバックアップしてくれてる演出家・羽生田釿互に対して、「私ほんとうにこれでいいのかしら?ニナの心をこわし植物状態にまで追い込んで、正直こんなことになるまでは美しい者からうばうことを当然だと感じてきた。けれど私ニナが嫌いではないの…植物状態になんてなってほしくない!私のしていることこそ醜いのではないか」と心情を吐露する。

累-かさね-3巻 淵累の葛藤1
(3巻)
丹沢ニナが飛び降りた直後、そこへ駆け寄って助けようとするものの、母親が出てきて自分の頭をグイグイと押しやる。もし丹沢ニナが死亡してたら、その後も同じように顔を交換できるか不明だから。でも累は倫理観から抵抗して、必死にキスするのを拒もうとする。

誰かの顔を奪うということは、その人の人生すら奪ってしまう。自分の醜い人生を、そのまま誰かに押し付けてしまう。累(かさね)の揺れ動く心情や葛藤が何とも切ない。


淵 野菊という実妹の登場で…

『累-かさね-』の展開を大まかに分けると、1-3巻までは丹沢ニナ編。4-6巻までは淵野菊編。名前からも分かりますが、野菊は累(かさね)と血が繋がっていて、実妹。前述のように累の母親は口紅のパワーを使って、美人の容貌を手に入れてた。つまりブサイクだった。でも野菊はナチュラルに美人。

透世の幻影を追いかける、常軌を逸した父親に「透世であること」をひたすら求められ、野菊はずっと部屋に閉じ込められていた。ただ野菊には演技力の才能が一切なかった故に、ある日その父親に「見かけ倒しの欠陥品め!」と罵られ、ついには父親をあやめて外界へ飛び出る。

累-かさね-4巻 淵累と野菊・美しさは
(4巻)
だから「美貌」に対する価値観も、二人の姉妹は全く真逆のものを持っている。累は「(天からの)祝福」と考えているのに、野菊は「(母親の)呪縛」と考えてる。また演技に対するそれも真逆。

この二人が透世を一躍有名にした「サロメ」という演劇をキッカケに知り合う。もちろん累は丹沢ニナの見た目。ある意味、性格が曲がっている二人だからこそ、最初は意気投合。親友のような間柄にまで発展するものの、「丹沢ニナは偽物」かも知れないことに気付く。

そして野菊は、植物状態の丹沢ニナに出会う。植物状態とはいえ、丹沢ニナはいつの間にか指だけが動くところまで回復。指を使って、丹沢ニナと野菊は会話をする。そこでニナの苦悩を知る。「自分ではないニセモノの人間が、いつの間にかホンモノである自分を超えてしまった」事実、自分で自分の人生を幕引きできないもどかしさ、など。

累-かさね-6巻 淵野菊
(6巻)
だからそれまではずっと仲が良かったものの、反動で野菊の中では燃え上がるような憎悪が芽生える。ついに丹沢ニナをあやめてしまう。つまりその結果、累(かさね)はまた元通りの醜悪な顔面に戻ってしまう。これまで元気(?)に生きていた丹沢ニナが唐突に死亡したことに違和感を抱きつつも、再び荒んだ生活を送る。

その生活で思い出されるのは、「美貌であるが故に送れていた輝かしい生活」ばかり。仕事、恋愛、友達、醜い顔に戻ったが故に全部失った。丹沢ニナの件で湧き上がった良心の呵責が次第に消えていく。「生きる最後のその瞬間まで、光の中で美しく在りたい」。

そして累が思い出したのが、「野菊」の存在。今月発売の最新7巻以降は、まさに実の姉妹同士による骨肉の争いが待っている。ただ累だけは血が繋がっている事実を知らないので、もし野菊の顔を手に入れたとしても、この衝撃的な事実を知ってしまうと、また心が破壊されそうな気配がプンプン。


総合評価


『累-かさね-』の感想をまとめると、まさにオンナの執念ならぬ「醜念」が読めるマンガ。4巻以降は累(かさね)の女優人生は一貫して安定してるので、少し展開としては若干大味で少しダレた感じもしますが、野菊がラストに取った行動で事態は一変します。最新7巻以降では二人のDNAレベルでの争いが展開されると思いますが、だからこそ悲哀度やドロドロ度が増しそう。

「顔面が変わる」と書くと大げさですが、演者のカツラを変えるだけで良いので、表現や演出として技術的に決して難しいものではなく、意外に実写ドラマ化しやすそうだと思いました。昼ドラが終了した現在、ヨダレを垂れ流して待っている女性視聴者も多かったりして。

しかし元SKE・松井玲奈は一体どういうスタンス・視点で、このマンガ『累』を読んでるんでしょうか?「ブサイク女ざまぁwww」って感じ?