『重版出来』1巻から7巻のネタバレ感想。作者は松田奈緒子。月刊スピリッツ(小学館)で連載中の仕事マンガ。日経新聞から面白い仕事漫画と評価されたことがあるらしい。最近も日本を代表するブスかわ女優の黒木華 主演で、2016年4月からはこの実写ドラマも始まったらしい。

そこで「重版出来は面白いのか?」というネタバレ感想記事を書きたいと思います。


あらすじ

舞台は興都館(こうとかん)という出版社。主人公は週刊バイブスという漫画編集部に配属された新入社員・黒沢心。コグマ(小熊)というアダ名からも分かるように、バリバリの体育会系。元は柔道のオリンピック候補だった。だから物怖じしない性格の、パワフル猪突猛進ガール。

重版出来3巻 黒沢心の宣戦布告
(重版出来 3巻)
目標もまさかの「少年ジャンプをぶっ倒す!」こと。『重版出来』が掲載されてる月刊スピリッツは小学館ですので、とんだ宣戦布告。集英社の編集者さん逃げてー!!(((;゚Д゚)))ガクブル

『重版出来』の物語としては、この黒沢心が人気コミックを作ることに奮闘するお話になります。


重版出来の意味とは?

ちなみに漫画タイトルにもある『重版』の意味とは、発行部数を何度も刷り直すこと。単行本や小説の後ろへんを見たら「第◯刷発行」と書かれてありますが、この◯の数字の部分の回数が多いほど人気作品ということ。

だから『重版出来』とは「重版するぐらいのクオリティーの作品」という意味。また、その願望が込められている言葉。ちなみに「出来」は「でき」ではなく「しゅったい」と読むらしい。漫画やコミックは、この重版でどれだけ儲けられるかが大事。当然、大量に刷った方がコミック一冊あたりの原価も安くなるので、出版社としては人気漫画はまさにドル箱コンテンツ。

ちなみに「出版ウォーズ」という記事タイトルこそ付けましたが、あくまでコミック畑がメインのお話。当然ファッション誌やスポーツ誌には重版という概念がないはずなので、そういうジャンルのお話は当然ほとんど登場しないので注意。


黒沢心のキャラクター

電子配信も普及しつつある現在ではムダに時代遅れな側面も強いですが、出版社に関わる人間の多くは「重版出来な漫画や小説を作っていこうや!」という意識を常に持っているらしい。少なくとも、今作の主人公・黒沢心は重版しまくるマンガを作ろうと意気込んでいます。

黒沢心はゴリゴリの体育会系ってことで、竹を割ったような性格には割りと好感が持てます。仕事に対する真摯な姿勢は誰しもがきっと学びたいと思うはず。女性のキャラクターではありますが、基本的にあんま関係ないと考えていいです。

重版出来2巻 黒沢心は鈍感
(重版出来 2巻)
「女の子は孤独に耐えられない生き物」という俗説も初耳だったぐらいですから。おそらく未経験バージンなのか。

重版出来4巻 黒沢心の表情
(重版出来 4巻)

重版出来5巻 黒沢心の表情
(重版出来 5巻)
こういうデフォルメチックな表情も割りと嫌いではないです。


出版の裏側

出版業界を支える編集者、営業、宣伝、製版、印刷、デザイナー、取次、書店員、一般に裏方と呼ばれる人々の努力や連携があってこそ、初めて一冊の本が読者のもとに届くのである。“作品は漫画家だけの力では売れない現実”をリアルに描いている(ウィキペディア)
みたいなことが『重版出来』のウリらしい。

重版出来5巻 本屋店員・河舞子の売るコツ
(重版出来 5巻)
確かに本屋の店員(河舞子)や、

重版出来5巻 グラビア写真の編集
(重版出来 5巻)
グラビア写真の編集者(プリンティングディレクター)や原稿を配達するバイク便のお兄ちゃんなどが登場します。それぞれの視点や考え方で「漫画・コミック」に向き合ってる。

他にも漫画内の誤植を直す校閲を担当している女性だと、漫画家が意図して表現したセリフも日本語的な間違いだからと指摘してしまう。ただ指摘された漫画家は自身のサイトで「コイツは何も分かってない」と不満たらたら。

その女性校閲者は、主人公・黒沢心から「作品に触るな」と編集者の心得をアドバイスされる。そこで「ブレてはいけない最低限の事実だけを押さえる」ことを決意。例えば歴史モノの漫画に対しては、歴史的事実をしっかり列挙して注意してあげることで、それを読んだ漫画家は内容全体に大きな修正を入れる。

一概に間違いを指摘することは悪いことではなく、校閲者も作品作りにしっかり関与してますよーみたいな展開が6巻には描かれています。


編集者のいろいろ

ただ部数決定会議において編集部と営業部との戦いがあったり、基本的には「編集部」に関する話が多め。

例えば、初版の発行部数が少ないと本屋にすら並ばない。でも新人作家を育成する上では肝要。とはいえ不良在庫を多く抱えると管理コストがかかる。他にも定価をいくらにすれば利益がどれだけ出るか、紙の材質はどんなんが良いのかなど、そういうアプローチの描写が多い印象。

つまるところ色んなタイプの編集者が登場します。ヤル気だけが空回りしてる編集者やとにかくドライに売ることだけを考えてる編集者など、比較的いろいろ描き分けられてる気がします。

重版出来3巻 安井昇
(重版出来 3巻)
安井昇だと「漫画家は10年しか稼げない」というのがモットー。だから稼げる内に稼がせるために、漫画家をこき使う。特に新人漫画家は使い捨て。背景には一度自分が担当していた雑誌が潰れたことがあって、そこからは徹底して利益の追求を目指すようになった。

重版出来4巻 雑誌廃刊 佐藤秀峰?
(重版出来 4巻)
この安井昇は廃刊間近のことを担当していた漫画家に黙っていたため、当然その漫画家は「コッチはアシスタントを雇ってるんだ!何のリスクも取らないで済むアンタみたいに守られてるご身分とは違うんだよ!」と激怒。

確か佐藤秀峰もヤングサンデーの廃刊について一切知らされなかったと語っていたので、実際の編集者やリアルのエピソードを元に『重版出来』が描かれている気がします。一応、安井昇は廃刊阻止のために動いていた…という大義名分があったようですが、実際のところはどうなんでしょうか…(笑)

重版出来2巻 壬生平太 SNS
(重版出来 2巻)
壬生平太だと変に昔気質の編集者で、双方向のやり取りができるSNSを敵視してたんですが、いざ読み始めるとナマの読者の反応が見れて価値観が変わる。

最近は地方住みの漫画家も増えた。この背景には、やはりネットの普及。原稿をネット回線を使ってデータとして送れるようになったので、原稿のやり取りに苦労はしてない。ただ紙の生原稿ではないからこそ「作品が薄くて痩せてないかな」と考える編集者もいたりする。

重版出来7巻 フリー編集者・鈴木
(重版出来 7巻)
編集者の中には出版社に属せずフリーで活躍する人もいる。いわゆる派遣社員的な扱いなのか、フリー編集者はどうしても立場が弱いそう。ただ画像の鈴木というフリー編集者の場合、漫画や読者のことを思って編集長に対して噛みつく。このことで担当漫画家に信頼を寄せられている、みたいな話もあったりします。

他にもテレビ局から資料作成の依頼を受けるなど、編集者が小間使いみたいな扱いを受けることも。この『重版出来』を筆頭に漫画原作に頼る以外に能がないクセに、テレビはどの立場で物を言ってんだか。 報道記者にしても週刊誌に頼らざるを得ない。その割にお膳立てされても、熊本大震災の対応でもグズグズしてる安倍みたいな政治家のケツを舐める以外に能がない。つくづくボンクラの集団。

編集者は読者にだけ奉仕してたらいい。誰のために働いているかを自覚すべき。


漫画家あるある?

当然編集者が登場すれば漫画家も登場します。

重版出来2巻 高畑一寸
(重版出来 2巻)
人気漫画家になるほど他社から引き抜きも多い。専属契約でも結んでいれば別ですが、漫画家はどこで連載を始めようが自由。でも出版社や編集者には恩義があるので、そことの葛藤に苦しむ姿などが描かれたりします。画像は高畑一寸という漫画家。

重版出来6巻 大塚シュート ネットの感想見る
(重版出来 6巻)
例えば、大塚シュートという新人漫画家。ピュアすぎる性格や感受性の豊かさが作風に反映させてるが故に、インターネッツ上の感想を読んで傷ついたりする。本当、インターネッツの感想ってクソな感想ばっかだよねー、うんうん分かる分かるー…え?(笑)

『嘘喰い』の作者・迫稔雄もそれでTwitterを辞めていた気がしますが、まあ気に食わない意見をスルーする力も有名人には必要なんでしょう。逆にディスられた方が喜ぶマゾヒスティックな漫画家も。この『重版出来』の松田奈緒子は果たして?

他にも前述の高畑一寸は人気漫画「ツノひめ」を描いてヒットさせてるものの、何一つとして漫画賞をゲットしたことがなくて悩んでる。小説家崩れでいうと百田尚樹が好例か。割りと賞レース関係だと少年ジャンプや集英社は取れない印象ですが、まあ気にするだけ損でしょう。

自分が描いた原稿にアシスタントでも触れられたくない心理など、おそらく漫画家あるあるのネタも詰まってます。

重版出来3巻 漫画持ち込み
(重版出来 3巻)
プロの漫画家だけではなく、漫画家の卵も登場。画像は田町という男。ただ態度が色々とすごい。某漫画編集者のブログを読んだら「漫画家は人間性が大事」と語ってましたが、これには同意せざるを得ない。

やはり「編集者が最初の読者」になる。そこの反応を気にしないのは、漫画家を目指すものとしては問題でしょう。あと編集者も驚きたいはず。漫画の原稿は学校の宿題とかではないので一定の基準を満たそうとせず、最初からズバッと驚かせるぐらいの腹づもりで描いた方が良いんだろうなーと思います。

重版出来6巻 他人の漫画のアラは分かる
(重版出来 6巻)
他にも他人の漫画のアラは分かるけど自分のアラは分からないってのも、実は漫画家の卵あるあるか。確かに有名な心理学者も言っていますが、自分のことに関しては誰も客観的に認識できないですから。

ただそれって性格や言動など目に見えないものに過ぎない。原稿という目に見える物としてカタチにしている以上、他人の原稿も自分の原稿も同じ。そこで自分の原稿に一切のアラが見えないのは無能な証拠。向上心がない証拠。

例えば、この感想記事も自分は一ヶ月以上の時間をかけた。正確には画像を選択する日、あらすじを書く日など、作業を分割化してて暇な時にやれることをやってるだけなんですが、このメリットとしては何度も記事を読み直すことができる。時間が空けば空くほど客観的に見れるので誤字や脱字に気付きやすくなる。またその間に別のアイデアが生まれて、記事を加筆することもある。

当然記事をアップする直前も全体を読み直して修正を加えてるなど、この程度のブログですらバチッと決まるなんてことはありえない。読めば読むほどアラが出てくる。プロの漫画家さんでも締め切り直前まで粘るのは、そういった理由からでしょう。

素人ほど思い上がる傾向が強い。自分のことを過信して大事だからこそ、無意識的に手を何度も加えたくない。東江絹(あがりえきぬ)という漫画家の卵も、黒沢心に最初漫画を持ち込んだ時も、軽くダメ出しをされただけで精神的なショックを受ける。そこからはほとんど黒沢心の言葉が耳に入らなくなった。やはり割りとありがちな出来事なんだと思われます。

丁重に扱わなきゃいけないほど、お前の原稿に価値なんてねーよ…と編集者の多くが思っていることでしょう(多分)。

重版出来3巻 東江絹
(重版出来 3巻)
ただ東江絹(あがりえきぬ)は黒沢心が新人編集者だから悩む場面があります。何故なら、新人編集なんて大学を出たばかりのペーペーの素人。心配して当然。おそらく似たような気持ちを抱く漫画家の卵は多いはず。

梶浦という編集者は、西脇虚太郎という日本漫画界を牽引した巨匠を担当していた。ただ西脇は中卒で学がない。それでもデザインやファッションに関する知識は卓抜。そこで梶浦という編集者は思い知らされる。

僕は習ったことしか識らない。先生は興味があることの全てを識っている。受験戦争を勝ち抜いて難関の出版社に入って、まだバブルの気分が残っていて調子に乗っていた」だけと鼻をポッキリ折られる。そこで先輩社員から「出版社の社員は美の巨人に仕える下僕。多くの人間が凡庸。凡庸だからこそ巨人の言葉を分かりやすく翻訳するんだ」とアドバイスされて、梶浦は自信を回復させる…もとい身の程を自覚する。

所詮、編集者が確実に持ってるのは学歴だけ。漫画を見る目や育てる才能に優れてるかは不明。自分も中卒ですので気持ちはよく分かります。きっと出版社の中には東大卒の女性編集者も多いんでしょうが、本当に高学歴のオンナを見たら片っ端からいてこましてやりたい。「お前の赤門をワテのHB鉛筆でヌプヌプしたろかいッッ!!」と、毎朝菊川怜を見て思ってるのは内緒。

あしめし1巻 葛西りいな
(あしめし1巻)
実際、葛西りいなという漫画家が少年サンデーに持ち込んだ場面ですが、編集者は30分ぐらい待たせて何の一言もなし。そして終いには、机にドカッと足を乗せて読み出す。逆に、その姿勢を取る方が大変だろ。この『重版出来』が掲載されてるのは同じ小学館ですので何とも皮肉めいてます。

先程は「漫画家は人間性が大事」という編集者の言葉を載せましたが、だからと言って「編集者に人間性が備わっている」かは定かではありません。『重版出来』は色んな編集者が登場して面白いですが、佐藤秀峰の『漫画貧乏』と合わせて読むと更に面白いかもです。現実とフィクションの乖離に愕然とさせられます(笑)

だから『バクマン。』を読んでも分かりますが、編集者の能力や相性も重要なんだと痛感させられます。そういった巡り合わせや運も含めて、漫画家の実力なのかも知れない。結局、所詮は雛鳥のようにピーチクパーチク待ってるだけが仕事で、漫画家の才能を伸ばせる編集者が数えるほどもいないのは問題でしょう。


中田伯という天才漫画家

この『重版出来』には中田伯という天才漫画家が登場します。とにかく画力は未熟なんですが、得体の知れない魅力が詰まった漫画を描く。何となくですが『進撃の巨人 (諫山創)』あたりをモチーフにしてそう。

重版出来3巻 中田伯
(重版出来 3巻)
例えば三蔵山という漫画家のアシスタントをしていた時、中田伯は先輩アシスタントに画力のなさを指摘される。でも「僕は上手い絵が描きたいんじゃないんです。面白い漫画が描きたいんです」と激怒する。「上手い絵を描ける=面白い漫画ではない」ということを端的に言い表しているセリフ。

一応、中田伯はそれでも電車移動中に必死に絵の練習はしてる。もちろん言うまでもなく漫画である以上、全く無視していい要素ではありません。

重版出来4巻 沼田渡 夢を持った特別の人
(重版出来 4巻)
沼田渡というベテランアシスタントは、漫画に対する姿勢も含めて中田伯の才能に嫉妬。思わず「オレはあいつをころしたい」という言葉が心の奥底から湧いて出る。手塚治虫のエピソードを聞いたりすると、この感情はアマチュアだけではなくきっとプロの漫画家でも抱く感情かも知れない。

ただ漫画家の卵にありがちですが、夢を追いかけてる最中は「特別な人間」扱いされる。沼田もご多分に漏れず、そこに安穏と過ごしているありがちなバカ。だから沼田に特に共感や同情を抱くことはありませんが。

元アシスタントも曰く、中田伯は「ボーダーラインにいる。今はまだギリこっちにいるけど、何かがあったら漫画の中に入ったまま戻ってこれなくなる人じゃないか」。このセリフからも中田伯はクレイジー。『進撃の巨人』の諫山創はきっと違うはずでうが。

重版出来6巻 中田伯の喜び
(重版出来 6巻)
ただ連載デビューが決まった時は、思わず中田伯も嬉し涙。そこで初めてようやく人間らしい一面を見せて、読者をグッとさせます。

それだけ中田伯はキーパーソンだと思われますが、やはりツッコミどころがあります。ここまで中田伯のことを「天才」と煽っておいて、7巻では「次巻までに女の子キャラを強化してください」という凡庸すぎるアドバイスをする主人公・黒沢心に失笑した。もちろん、巻終わりの惹き(ヒキ)は大事。

でも天才の描く漫画は、そんな小手先のテクニックや技術は関係ないほど面白い。ましてや中田伯の描く絵柄はオドロオドロしい。そんな漫画に美しい女性キャラを持ってきてどうするの?そもそも中田伯の画力は未熟なワケだから、そういう付け焼き刃の対策を講じても却って不評を買うだけ。

例えば、『トリコ(島袋光年)』は女性キャラクターを描けない代表格だと思いますが、それでも十分人気は出てる。他にも『キングダム(原泰久)』や井上雄彦も決して女性を描けないってことはないんでしょうが、作中では女性キャラクターはほとんど活躍してないイメージ。

黒沢心や五百旗頭などバイブス編集部の、提案やアイデアがあまりに凡人すぎる。だからどうしても中田伯が描く漫画には駄作臭しかしてこない。作中で散々煽ってはいるものの、肝心のすごさがあまり伝わってこない。所詮は平凡な漫画家が描く「天才漫画像」の限界といったところ。

ブルージャイアント(石塚真一)』という音楽漫画がありますが、敢えて音符を描かないからこそ面白いと個人的には思います。ただ担当編集者はしつこく「音符を描け」と要求してるそう。こうやって編集者が面白くない入れ知恵をして、作品の方向性が迷走したり、真っ逆さまに駄作に陥る漫画も数多くあるんだろうなーと痛感させられました。


総合評価


我ながら長々と書きましたが『重版出来』の感想としては、面白いといえば面白い。FC2の方で1巻をレビューした時は酷評しましたが、改めて読み直すとそこまで悪くはありません。知識偏重に偏りすぎず、ネタに走りすぎず、作者・松田奈緒子のオタク愛も適度に暑苦しすぎず、割りとちょうどいい汗臭さ。

またストーリー性こそないですが、基本的には一話完結のオムニバスなので読みやすい。この『重版出来』を読んで漫画家の卵たちがプロデビューに近づくとは思えませんが、むしろ編集者が読んで自分の普段の仕事っぷりを見つめ直すことには役立つでしょう。

ただ最近は太洋社といった取次店が倒産してますが、そういったアプローチはありません。例えば編集者の給料事情やグラビアの枕営業といった、いかにも生々しいリアルさはない。だからと言ってウソの情報や虚飾が多いとは思いませんが、もちろん出版界のタブーに踏み込むことは少なく、所詮は良くも悪くも「マンガ的に美化されている女性的な世界観」のマンガ家漫画です。