『いちえふ-福島第一原子力発電所労働記-』1巻と2巻のネタバレ感想。モーニング(講談社)で連載中のエッセイ風の漫画。作者は竜田一人(たつたかずと)。

旧ブログでは2015年5月にアップした記事。ゴールデンウィークということで放射能で汚染された福島県にボランティアで足を運ぶ人も多そう。そこで福島原発に関するマンガをレビュー。

あらすじ

いちえふ1巻0話 崩壊状態の福島第一原発
(1巻0話)
2011年に発生した東日本大震災で福島原発は爆発。大量に放射能が漏れ出て福島県の一部は死んだことは記憶に新しい。

そこで作者・竜田一人は爆発した福島第一原発の中で、実際に原発作業員として復旧・除染作業のために働き出す。具体的にどんな作業をしていたかと言えば、3号機の廃棄物処理建屋の使用済み燃料プール循環冷却系配管補修工事。だから結構最前線。ただ福島第一原発で働いていた期間は、まず2012年6月から12月末ぐらいまでだそう。一応被曝量を考慮して長期間は連続して働けない。だから次に福島原発で働くのは2014年の話。

だから、この『いちえふ』というマンガは作者・竜田一人が原発作業員として働いた日常をしたためたルポマンガ。ちなみに福島第一原発は「フクイチ」と省略されがちですが、現場作業員の中では「1F(いちえふ)」と略されることが多いそう。それがタイトルにもなってます。

労働者としてひたすら記述

『いちえふ-福島第一原子力発電所労働記-』というタイトルからも分かるように、ひたすら原発の中での労働に焦点が当たってる。だから労働環境などが事細かく書かれてる、まさにガチな労働者ルポマンガ。

例えば夏だと防護服を着込んでるので、めちゃめちゃ暑いから汗を大量にかく。
いちえふ1巻5話 過酷な労働環境
(1巻5話)
手袋を外すと何百ミリリットルあるんだというぐらいに大量の汗がブッシャー!でも放射能から身を守るために手袋とかしてんのに、生身の顔にビチャビチャ当たったり、実は結構安全面ではテキトー。

いちえふ2巻8話 下請け業者の過酷な環境
(2巻8話)
国から除染や廃炉作業の仕事を来ても、どんどん下請けに流されていって最終的に働く労働者の手元に渡る取り分はスズメの涙。ウワサ話ではよく耳にしますが、実際にこんなことがあるもよう。

いちえふ2巻8話 APDで被曝量をチェック
(2巻8話)
冒頭でも書きました長期間は働けない。その被曝量をチェックしてるのが「APD」という線量計。放管手帳というものに情報が記載されて、毎月の合計が一定の基準を超えると働けなくなるという仕組みが確保されてる。

いちえふ2巻 ヤクザは漁師だった?風習
(2巻)
廃炉作業にいわゆる893な方が働いてるというウワサ。これも違ってて、実際には漁師さんだそう。背中に刺青を入れてるのは、漁をしてる最中に海に投げ出されても、その死体が自分だと分かるように目印として掘ってる。言っちゃえば、日本の伝統文化。

また作者の説明能力が高いので、作業員が何をどうしてて、どういう環境に置かれてるか、一面的ではあるんですがすごく伝わってくる。TVや雑誌だけでは伝わってこない福島原発のリアルがそこにはある。

いちえふ1巻1話 分かりやすい地図や解説
(1巻1話)
福島原発周辺の地図や休憩所の内部構造など、本当に細かく緻密に載ってる。作業中にきっと撮影はできないと思うので、作者の記憶力の高さも伺え知れる。

竜田一人の放射能に対するスタンスが呑気

ただ気になるのが、作者の竜田一人が持つ放射能に対するスタンス。何故必死に放射能の危険性を煽りたくないのか知りませんが、その感情や意識が強すぎてもはや呑気なレベル。

いちえふ1巻2話 放射能に対するスタンス
(1巻2話)
例えば、一緒に働いてるオッサンが「放射線に慣れは通用しない!高線量を浴び続けてたらもう死んでる!」と放射能に怯える若者作業員を一喝。一読するとオッサンは何を言いたいのか分かりませんが、要するに放射能は問題がないと遠回しに言ってる。

いちえふ1巻0話 放射能と心筋梗塞に関係性はない?
(1巻0話)
他にも心筋梗塞で亡くなった作業員についても、「もちろん被曝との関連はない」とキッパリ断言。

ヘルパーT細胞の割合が低い人は心筋梗塞の有病率が有意に高い、ということも分かりました。これらの結果から、原爆被爆者の心筋梗塞はヘルパーT細胞の異常が一因であるかもしれないことが示唆されています。
http://www.rerf.jp/general/qa/qa5.html
放射線影響研究所のサイト曰く、放射能と心筋梗塞との関連性が言及されてる。

他にも平井憲夫という似たようなプラントの配管で働いていた技能士さんもサイトで警告してましたが、ちなみに20年ほど前に亡くなってる、「防護服についても単に外に放射能を持ち出さないための作業着。ほとんど放射線から守る用途はない」とも書かれてる。

竜田一人は「自分は放射能に詳しい」という自負がすごいんですが、その割に放射能の何をどう知ってるかという部分の具体的な記述が弱すぎる。「俺は健康だから問題ねぇ」という単なる精神論に終始してる。竜田一人は確かに廃炉作業・除染作業に対する一連の流れは詳しいものの、放射能に対する危機感がほとんどない。それゆえにキャラクターのセリフ一つ一つにメッセージ性が乏しすぎる。

そういえば最近、大塚愛が福島県の農産物や魚介類を食べたくないと言ったそう。ネットの一部からは叩かれたそうですが、これが中国産だと何も言われない不思議。考えてみると、未だに東北産や福島産を「食べて応援しよう」と言ってるアホがいますが、なかなかエグいメッセージ。何も考えてないだろうな~とつくづく。しかも、こういう人に限って、一切何も東北産を口にしてなかったりますからね。

気持ちの悪い違和感

おそらく作者・竜田一人といった作業員や労働者たちの美しい犠牲によって、この『いちえふ』というマンガは評価されてるはずなんです。だから読者の感情を揺さぶるような挟持もある。

ただ気になるのは肝心の本人たちが犠牲だと思ってないこと。そこに奇妙な違和感やギャップ感を感じる。もし普通の労働環境だったら、ここまで賞賛はされてない。それにも関わらず本人たちは知らぬ存ぜぬで笑い飛ばして、周りだけが心配してるという奇妙な構図ができあがってる。

この作者と読者の噛み合わなさに、ひたすら得体の知れない気持ちの悪さしか抱かない。だから何度も書きますが、それゆえマンガとして全体的な緊迫感・切迫感にも欠ける。例えば、あるときに竜田一人が作業中に頭痛を覚えてハッと危機感を覚えた場面。

いちえふ2巻9話 マスクバンドの締めすぎて頭痛・でも驚きすぎ
(2巻9話)
でも竜田が驚いた理由がまさかの「マスクバンドの締めすぎか!?」。

普通そこは放射能との関連を疑うべきやん?仮にマスクバンドが原因だったとしても別にそこまで驚くことちゃうし。さすがに大爆笑してしまった。竜田一人はもともと売れないマンガ家だったらしいですが思わず妙に納得してしまった。前述の一喝したオッサンの件然り、絵・キャラクターの表情とセリフが合ってない。

将来東電を訴えるというフリ

ただ逆に好意的な解釈をすると、イジメられてる本人がイジメと感じてないのであれば、それはイジメじゃないのかも知れない。前述のセリフを借りるのであれば、「これがガチのイジメだったら、僕たちはとっくに亡くなってますよ」ということ(笑)

作者・竜田一人の放射能に対するのんきなスタンスも含めて、将来東電を健康被害で訴えるマンガを描くための壮大なフリではないかと個人的には思ってます。ここまで安全だ安全だと主張しておきながら、実は10年後20年後に瀕死の状態で今にも死にそうになって裁判を起こす。

言っちゃえば、喜劇の幕開け・プロローグ。「やっぱりかい!」とツッコんでる未来の自分の姿が容易に想像できちゃう。

総合評価

『いちえふ-福島第一原子力発電所労働記-』では0話の出だしから反原発運動をしてる連中をアホな連中扱いしてたり、作者の放射能に対するスタンスから、東電のためのプロパガンダ漫画という声もありますがそれは穿った見方。東電に今更そこまで世論を懐柔させる余力はないと思う。もしそんな違和感を感じるとしたら、それは作者の無知さや呑気さから来るもの

強いてプロパガンダ的な目的があるとしたら、それは「原発作業員を確保するため」という意図。福島原発を廃炉にするための労働者は恒常的に必要。テキトーに安全神話を謳って、「復興のために働くんだぜ」という美名を掲げることで自尊心をくすぐり、一応労働者を確保しやすくする内容にはなってる。

で、採点の方ですが情報の価値や体験の希少性を考慮して、展開の評価は★4.5にしてみた。それプラス淡々とした説明や解説を加味して81点。でもルポマンガとしては、大量の汚染水漏れといった部分では踏み込みが甘すぎる。告発系の作品としては評価するのはやや難しく、漫画的なハラハラ感や切迫感は弱いので、最低限の点数とほんの少しの加点止まりに採点してみた。

今後も作者の「安全でっせ」というスタンスを貫くんであれば、正直これ以上を読む価値はない。安全だったら「へーそうなんや」で終わる話ですからね。無意味に不安を煽らないという選択肢を選びつつも、前述の画像のようにキャラクターの驚愕の表情でごまかして、それっぽい作品に装う姿勢はまさに子供だまし。だから今後のネタ切れ感や作品としての失速感も否めないので、案外早く飽きられる可能性が高そう。

ただ日本人であれば原発と向き合う上で、『いちえふ』は一度ぐらいは読んでおきたいマンガ。またもし福島原発で働こうと求人票をチェックしてる方は、どういう労働環境に置かれるか知れるので必見だと思います。そこはギリギリ竜田一人の浅はかさが及んでいないところかな。



◯展開…★4.5◯テンポ…★4
◯キャラ…★3◯画力…★4
◯全巻大人買い…★4.5
◯おすすめ度…81点!!!!