『ぼくは麻里のなか』全9巻のネタバレ感想をレビュー。作者は押見修造。掲載誌は漫画アクション。出版社は双葉社。ジャンルは青年コミックの。AmazonのKindleでもダウンロード購入は絶賛可能です。ちなみに漢字平仮名の使い分けって正直面倒くさい事この上ないんですが、マンガタイトルは「僕は麻理の中」ではありませんのでご注意を。

この『ぼくは麻理のなか』は2012年から連載が始まった漫画なんですが、少し前に完結して最終9巻が発売されたらしい。全9巻というボリュームを考えると映画やドラマなど実写化には意外と向いているかもしれない。そこで今回も全巻まとめて『ぼくは麻里のなか』が面白いかつまらないか考察してみました。


「ぼくは麻理のなか」のあらすじ物語 ストーリー内容

主人公は大学生の小森功(こもりいさお)。ただほとんど大学には通っておらず、毎日家にこもってゲームと一人Hで時間を潰していた。理由はありがちですが、小森功は田舎から上京してきたので周囲と馴染めず気付けばいつも独りぼっち。その孤独な空気に耐えきれずにドロップアウト。

その小森功が唯一心の安らぎとしていたのが、いつもコンビニで出会う女子高生・吉崎麻里(よしざきまり)。容姿端麗なルックスと、隣を横切れば女の子特有の良い匂いがフンワリ漂う。小森功は「コンビニの天使」と勝手に名付けて遠目からコソコソと眺めるのがいつしか日課になっていた。

そして小森功がいつものように吉崎麻里の帰りを後ろから尾けていると、吉崎麻里が突然立ち止まって自分を振り返った…かと思うと一瞬意識が途絶えた小森功。
ぼくは麻理のなか1巻 あらすじ
(ぼくは麻理のなか 1巻)
次に意識を取り戻した瞬間には何故か見たことがない部屋にいた。そう小森功は「吉崎麻里の中」にいた。つまり二人の人格がいつの間にか入れ替わったのか!?一瞬喜ぶ小森功だったが、当然女子に免疫のないのでさあ困ったぞ。

ぼくは麻理のなか1巻 吉崎麻里 セクシー描写2
(ぼくは麻理のなか 1巻)
何故ならパジャマを着替えるためには、まずマッパにならなければいけない。つまりは今まで天使と思っていた美少女女子高生のあんな部分やこんな部分が否が応でも目に入ってしまう。ヤダヤダヤダ。他にもトイレでは排泄行為が…ふぎぃふぎぃ。

果たして小森功は「吉崎麻里」として日常生活を振る舞うことはできるのか?それ以前に「吉崎麻里」の身体をたぶらかすことなく我慢ができるのか?そもそも小森功は無事「小森功の中」に戻ることができるのか?非モテクソ大学生に待ちかまえる運命とは!?

『ぼくは麻里のなか』はそんな内容の漫画です。


吉崎麻里のド定番な工口展開に思わずムフフ

だから割りとエロいシーンがちょこちょこ描写されることが多いです。あらすじを読んだら大体想像できちゃうような定番のラッキースケベな展開が待ってます。

ぼくは麻理のなか2巻 吉崎麻里 セクシー描写
(ぼくは麻理のなか 2巻)
例えば体育の授業で周囲の女子生徒たちが着替え始めると、もう小森功ちゃん、どうしたらいいか分かんなーい状態で頭がパニック。そして血圧が上がりすぎたのか失神してしまう。おー何というもったいないことを。

ぼくは麻理のなか1巻 吉崎麻里 セクシー描写
(ぼくは麻理のなか 1巻)
そもそも初っ端からして、小森功が興味しんしんでアチコチをツンツクツン。でも注目したいのはそこではなく、吉崎麻里の絶妙なムチムチっぷりバディー。

特に吉崎麻里目線からの谷間がたまりません。男女問わず、つまらない漫画家だと普通は谷間をくっつけたがる。でもホンマに大きい女性は少し空間が空いてる。押見修造の物事を捉える力に脱帽であります。

ぼくは麻理のなか9巻 吉崎麻里 セクシー描写
(ぼくは麻理のなか 9巻)
身体のラインの描写が何とも健康的で艶めかしい。いや、こんな肉感的な肉体にタンクトップは反則です。他にも吉崎麻里の制服姿なども是非チェックしてみてください。

でも作者・押見修造がこんなヌルい描写で終わってると思いますか?ノンノンノン。画像こそ貼れませんが吉崎麻里のB地区もちゃんと描かれるし、4巻では濃厚なナニオー描写もしっかり見せてくれます。きっと松本人志もこう言うに違いありません。「バイトするならアンアンアーン」。

ぼくは麻理のなか5巻 吉崎麻里 セクシー描写
(ぼくは麻理のなか 5巻)
吉崎麻里(の中にいる小森功)は小森功(の中に入ってるのは誰?)に会いに行った時には、まさか自分の自爺を手伝う。画像はまだジーっと眺めてるだけですが、小森功のコキコキされてる時の表情がアホすぎて笑えます。

だから完全な抜き目的で描かれているかと問われるとやや微妙ですが、それでも吉崎麻里の肉感的な「それ」は割りとそそります。まさに二階堂ふみの裸体を彷彿させ、まさに女子高生という名の甘美に酔いしれてしまいます。

ぼくは麻理のなか4巻 押見修造 あとがき
(ぼくは麻理のなか 4巻)
作者・押見修造(美中年)があとがきで「エ口」について語ってる場面が多いんですが、このあけすけな独白も面白いです。他人の日記を盗み見しているような背徳感に思わず襲われるほど、良くも悪くも非常に赤裸々にキモいです(笑)

ちなみに、いかにもゲスい男心をかき立てられる…いやカキ勃てられる描写の数々ですが実はストーリーの最後やオチに生きてくるフリの一つだったりします。


本当の「吉崎麻里」はどこに消えたのか?

ただ『ぼくは麻理のなか』のストーリーを少しネタバレしておくと、やや設定が複雑。

吉崎麻里の中に入ってるのは「小森功」なんですが、実は小森功の中に入ってるのも「小森功」。一般的な漫画だったら「人格が入れ替わる」ような展開が普通は予想されますが、「小森功の体の中」には何も変化が起きていない。つまり二人の人格は入れ替わっておらず「吉崎麻里」という存在がどこにもいない。

ぼくは麻理のなか6巻 吉崎麻里 小森功
(ぼくは麻理のなか 6巻)
だから吉崎麻里(の中の小森功)が小森功(の中にいるのは誰?)と会いに行くものの、二人の肝心な部分での会話が成立することはない。吉崎麻里(の中の小森功)が「じゃあ僕は誰なんだよ!!」と絶叫している場面が印象的。

この謎こそが『ぼくは麻理のなか』という漫画のテーマであり、ストーリーの根幹部分であり、読者がグググッと惹きつけられる場面。だから何も起きていない「小森功」の立場で考えると、コンビニの天使が近付いてくるもんだから毎回ドギマギしちゃうのが対照的で、少しうらやましい。

ぼくは麻理のなか7巻 柿口依 吉崎麻里
(ぼくは麻理のなか 7巻)
そこで吉崎麻里と一緒に「真相」を追及してくれるのが柿口依(かきぐちより)という同級生。言ってしまえば吉崎麻里の相棒や相方的な存在。そのことがミステリー漫画(女子高生探偵)のような展開の面白さに繋がってる面がある。

ぼくは麻理のなか5巻 思春期特有の衝突
(ぼくは麻理のなか 5巻)
でも柿口依は見た目からも分かるように非モテグループに属するイケてない存在。一方、吉崎麻里は元々ヒエラルキーの上位に位置していたイケてる生徒。そういった立場の違いもあってか、思春期の女の子特有の衝突も描かれる。

また柿口依は吉崎麻里に憧れや恋愛感情みたいなんを抱いてるのでちょっとした百合描写も描かれる。もちろんお互いは未経験者だから至ってたどたどしくディープなことは発生しませんが、それでも柿口依の揺れ動く乙女心に思わず胸キュン。もし百合描写が苦手な読者でも、吉崎麻里の中に男(小森功)を介在させることで違和感なく読めるはず。ある意味巧みな演出とも言える。

果たして柿口依は吉崎麻里を助けてくれるのか、助けてくれないのか。その二人の情緒不安定さが、更に展開の不確定さを色濃くしてくれて読者はヤキモキさせられつつも惹きつけられる


柿口依の表情がいちいち面白い

だから柿口依はやや情緒不安定で、割りと表情が激情的に変化しがちなのが画像から伝わると思います。『ぼくは麻里のなか』の単巻レビューでも毎回ツッコミを入れてた記憶がありますが、本当に柿口依のコロコロと変わる表情が面白い。

ぼくは麻理のなか2巻 柿口依
(ぼくは麻理のなか 2巻)
先程は吉崎麻里に真剣な表情で詰め寄ってましたが、序盤の柿口依はまさに鬼のごとし。「今日吉崎さんの家に行く!早く手がかりを探さないと、おまえのせいで吉崎さんの人生がメチャメチャになる!」と小森功にメチャメチャすごむ。昔を思い返すと母親がよくこんな見下した表情をしていた記憶があります…((((;゚Д゚))))ガクブル。

ぼくは麻理のなか6巻 柿口依
(ぼくは麻理のなか 6巻)
ただ機嫌が良い時の柿口依はこんな表情。いかにも浮かれてる感じが出てて、なんだか無性にウザったいです。特に口元からあふれるムダなドヤ感がもう見てられない(笑)

ぼくは麻理のなか7巻 柿口依の可愛い表情
(ぼくは麻理のなか 7巻)
でも最初は不細工に見えた柿口依も吉崎麻里に感化されてか徐々に可愛らしさに磨きがかかっていく。画像の泣き顔の柿口依は、まさに可愛さクライマックスでしょう。いかにもブリっ子が言いそうなセリフの代表例トップ3には入っていそうあん「ぐすっ」から漂う、そこはかとない破壊力に驚きました。

このギャップ感の激しさに思わず「高低差ありすぎて耳キーンなるわ」という、往年のつまらないツッコミをしてしまいそうになりました。


最終回は一体どういう結末を迎えたのか?

前述のように吉崎麻里と小森功の魂や人格は入れ替わってないなどストーリー構成がやや複雑。しかも謎だけが終始膨らんでいく展開なので、一体どうやって話を着地させるのか中盤まで読者の方がハラハラドキドキ、むしろ不安にさせられるぐらいでした。ややもすると『ぼくは麻里のなか』からは駄作で終わる臭いがプンプンしてたぐらい。

だからどういった最終回を迎えるのか興味しんしんでしたが、結論から書くと『ぼくは麻里のなか』のラストのオチはしっかりキレイにまとまってました。ということで、今からどういった最終話がネタバレしたいと思うので嫌いな方はスクロールをおすすめします。

ぼくは麻理のなか8巻 最終回
(ぼくは麻理のなか 8巻)
吉崎麻里の母親が家出をした直前、吉崎麻里の中にいる「吉崎麻里」と「小森功」が初めて一緒に語り合う。でもこの時に「私…きみの日記見ちゃった」という意味深なセリフを残して、「吉崎麻里」は二度と現れなくなってしまう。

ただ「小森功」は自分が日記を書いた記憶がない。そこで小森功に日記の件についてメールで尋ねると、返ってきた答えが「今でも実はノートに書いてる」。「吉崎麻里」は柿口依と連れ立って小森功の実家を訪ねる。そして小森功が書いた日記を見て「小森功」は全てを思い出した。

ぼくは麻理のなか9巻 最終回
(ぼくは麻理のなか 9巻)
実は「小森功」という人物はあくまで吉崎麻里が作り上げた架空の人格。言ってしまえば、吉崎麻里は二重人格だった。だから小森功の実家に来た時も、本当の自分の部屋や母親を見るのがその時が初めてだった。

つまりずっと観察していた側は小森功ではなく、吉崎麻里の方だった。吉崎麻里こそが小森功を観察していた。「小森功」が小森功の住所や生年月日を把握していたのも、郵便受けに入った封筒や公共料金請求書などを吉崎麻里が覗いていたから。小森功の家に侵入してノートを盗み見る中で、吉崎麻里は次第に自分が「小森功」だと思い始めた結果、現在に至る。

ぼくは麻理のなか5巻 二重人格である布石
(ぼくは麻理のなか 5巻)
そこで「二重人格」というオチが分かった状態で『ぼくは麻理のなか』を読み直すと、柿口依が「もしかして麻里さんは中にいるんじゃない?」というセリフも非常に明快な伏線だったことが分かります。

吉崎麻里は自分の「麻里」という名前が嫌いだった。実は幼少期の頃の吉崎麻里の名前は、大好きな祖母が命名してくれた「ふみこ」だった。でも祖母嫌いの母親は、その名前が大嫌いだったの祖母が死亡直後に途中で「麻里」に改名してしまう。

母親は良かれと思ってやったものの、吉崎麻里本人は「自分の存在は何者なのか?本当の自分とは何なのか?」というアイディンティティに対する疑問が常に頭をもたげて苦しんでいた。その結果が「小森功」という二重人格を生み、更に言えば「吉崎麻里」という別人格を高校生になるまで演じるハメになった。

ぼくは麻理のなか4巻 麻里の文字が大きい
(ぼくは麻理のなか 4巻)
吉崎麻里の自分の名前に対する拒絶感が象徴されているのが、節々で見せる「麻里」という文字の大きさ。特に諸悪の根源である母親が放つ「麻里」が異様に大きかったりするのが、何とも印象的であります。

ただ柿口依との出会い、「小森功」の説得で「吉崎麻里」は再び吉崎麻里として生きることを決意。「ふみこ」や「小森功」は吉崎麻里の中から消え去って、吉崎麻里は再び一から柿口依と友達関係を始める。

そして3年後。二人は高校を無事卒業して、それぞれの大学に入学し別々の人生を歩み始める。そこにはどこか期待に満ちた吉崎麻里がいて、もう辛かった過去を振り返ることはなかった。吉崎麻里は「吉崎麻里」としての人生を強く歩み出す。

ぼくは麻理のなか9巻 最終回2
(ぼくは麻理のなか 9巻)
吉崎麻里は仲違いしていた母親とも関係を修復して、その背後には破り捨てられた「ふみこ」時代の写真もリビングルームで飾られていた。まさに大団円といった最終回。


二重人格というありきたりな設定やオチだったが…

だからストーリー性を重視する読者であれば最初こそ不安に感じても「破綻(はたん)」について心配する必要は皆無でしょう。『ぼくは麻理のなか』の最終話まで読み終わったら全てが腑に落ちるはず。

「違和感」を巧みに利用したストーリー構成とプロットの術中にハマってしまいました。1970年代1980年代から観られるようなありがちな設定やネタっぽい気もしますが、それでも「ふーん、こういう角度から描いてくんだ?」みたいな新鮮な感覚や感心は芽生えた。

また当然読者はストーリーの全体像を把握してないわけですから、先程紹介した見かけの工口描写も「読者を簡単に離脱させない」ためには有用な手段だったとも言えます。もし『ぼくは麻理のなか』の最初からシリアスな展開を描こうとしていたら、きっと最後まで読めたかは微妙であります。

そして工口描写は更に吉崎麻里は一種の背徳感を得るための「自傷行為」だったのではないかと推察されます。小森功というクズ男に人格を自分の中で作り上げる・支配されることこそが、自分の中で「作り上げてしまった麻里像」を壊すための最も効果的で乱暴な手段として描かれていた気がします。そういう演出においても必要不可欠な工口シーンだったのかも知れない。


「ぼくは麻理のなか」の総合評価 評判 口コミ


『ぼくは麻理のなか』全9巻のネタバレ感想をまとめると、めちゃめちゃ面白いかと問われると微妙ですが、最初こそ単なる「出オチ漫画」程度にしか思えませんでしたが、いざ完結すると序盤からは想像できなかったストーリーの完成度の高さのままフィニッシュ

『ぼくは麻理のなか』は「フツーの二重人格もの」と言い切ってしまえばそれまでですが、第三者の小森功の目線から入ってストーリーを描くことで、ここまでラビリンスでモラトリアムな物語に作り上げてしまうのは見事という他ない。どんでん返しや山場の数はそこまで多くはないものの、こんな読み味それ自体が面白いとも言えます。

『君の名は。』というアニメ映画が流行っているそうですが、あれも「すれ違い」を演出に巧みに使った内容らしい(自分は中学生以来映画そのものは観てないので不明)。ああいうストーリーが好きな読者なら、それとはまた趣向の違った面白さに遭遇できるかも知れません。

作者・押見修造は吉崎麻里や柿口依といった女の子描写も上手いので、女性読者は一体どういった感想を抱くのか興味があります。