『アストロ球団』全5巻のレビュー。少年ジャンプで1972年から1976年まで連載されてた野球マンガ。作者は遠崎史朗、中島徳博。

あらすじ

『アストロ球団』は元巨人の選手・沢村栄治の遺志を受け継いだ、超人的な野球選手ばかりを集めてたアストロ球団が読売巨人軍やアメリカ大リーグの打破していく物語。

この超人的な野球選手は全員昭和29年(1954年)9月9日生まれで、全員身体にボール型のアザを持ってる。江戸時代の『南総里見八犬伝』をモチーフにしてるそう。かなり使い古されたド定番な設定ということに少し驚き。

非正統派な野球マンガ?

主人公は、宇野球一。他の選手では伊集院球三郎や上野球二、明智球七、明智球八などがいる。読売巨人が許可したのか、長嶋茂雄や王貞治や沢村栄治、江夏豊、川上哲治などが登場する。じゃあ正統派なスポーツマンガ・野球マンガかと言えば、結構ルール無視のハチャメチャな展開が待ってる。

アストロ球団1巻15話 伊集院球三郎のビリヤード打法
(1巻15話)
例えば伊集院球三郎とい選手は、ビリヤードのようにバットのてっぺんで打とうとする。ただ相手ピッチャーが豪速球を投げるので、「甘かった!ビリヤードの方法じゃあてるのがやっとだぜ」と悔し涙。いやいや、当てるだけでもスゴいやろ。

アストロ球団1巻4話 明智球七郎と明智球八
(1巻4話)
明智球七と明智球八という双子は、まさに幽☆遊☆白書の戸愚呂兄弟さながら。きっと冨樫義博は絶対読んでたに違いない。そして想像通り、兄貴の明智球七を思いっきり頭上に放り投げて、どんなライナー性のボールでもキャッチしちゃう。

アストロ球団は基本的にこんな調子でルール無用だから、球場内で殴り合いや殺し合いがちょくちょく発生する。
アストロ球団1巻14話 上野球二が死す
(1巻14話)
例えばグラウンド上で上野球二というキャッチャーは、結構早々に死んでしまう。最期はボールをキャッチしたまま。お前は武蔵坊弁慶か。

アストロ球団1巻12話 パラシュートの糸を切られる・ブラック球団に
(1巻12話)
主人公・宇野球一も思わず「ヌオオーぶっころしてやる!」という物騒な発言もチラホラ。ただ、理由がヒドイ。実は宇野球一が上空からパラシュートで球場に降り立とうとした瞬間、パラシュートの糸を敵チームに切られたから。飛んでくる方も飛んでくる方だし、その糸を切る方も切る方。だからツッコミどころは多い。

ムダにタメを作る野球描写

『アストロ球団』という野球マンガでは、やたらと「タメ」を作りたがる。もちろん「タメ」自体はマンガにしろ映画にしろ、必要不可欠な演出。ただアストロ球団では、その「タメ」が長くてしつこい。聖闘士星矢の車田正美も思わず賞賛。

アストロ球団1巻1話 投げる前がしつこい宇野球一
(1巻1話)
「長島さん行くぞー」と宇野球一が挑発宣言。長嶋茂雄も「オオーこい!」と受けて立つ。じゃあ次のコマで宇野球一がボールを投げ出すかと思いきや…

アストロ球団1巻1話 投げる前がしつこい宇野球一2
(1巻1話)
再びの挑発。いや、そのクダリいいからマジで。一瞬コピペを錯覚させる(笑)

しかも、この後がまたスゴい。さすがにもう宇野球一がおとなしく投げるかと思いきや、「長いグリップ太めのバットときたね!」と何故か語りだす。長嶋茂雄も「すこしさがるか…」とバッティングの位置を気にし出す。全然投げない。

3巻9話でアストロ球団たちを望遠レンズで眺めてる奴のクダリとか、同じ画が続くことがしょっちゅう。宇野球一の登場場面からしてかなり回りくどい。一瞬「あれ?俺ページめくったっけ?」と強烈な既視感に襲われる。家の鍵ちゃんと締めたっけなーレベルの比じゃない。

正直ページの水増しと言われても仕方ないですが、この傲岸不遜ぷりはむしろ賞賛に値するか。

野球のルールをとにかく無視

アストロ球団は野球マンガと言いつつ、基本的に野球のルールは無視。冒頭のあらすじを読んだだけでも分かると思いますが、とにかく無茶苦茶。ただあらすじに書いたことは、まだまだかわいいレベル。

アストロ球団2巻6話 上半身裸でユニフォームを着ない
(2巻6話)
金田ロッテ戦に登場したリョウ坂本というキャラクターは、まさかのユニフォームを脱いで登場。野球のルール以前にスポールのルールとして、ユニフォームを脱ぐという選択肢がありえない。言っちゃえば、大相撲の白鵬がいきなりスーツを着用して取り組みを始めるもん。

伊集院球三郎に至っては、4巻か5巻でいきなり真っ白な死に装束で登場する。さすがにその意気込みは分かるけれども(笑)周りの味方選手は死ぬんじゃねーと必死に止めるんですが、止める部分は他にもっとあるやん。

アストロ球団3巻9話 伊集院大門のヌンチャク
(3巻9話)
伊集院大門というキャラクターに至っては、バットすら持たない。冒頭でも書きましたが、この伊集院大門は陣流拳法総帥。だからもともと野球と全く関係ない。

アストロ球団3巻1話 キック
(3巻1話)
挙句の果てには、ボールを捕球してから投げるんじゃなくて、そのままキック。ハリケーンキックじゃねーよ。せめて百歩譲ってパンチ。

冒頭のあらすじでも書きましたが、アストロ球団では実在する巨人軍の選手や監督が登場する。当時の巨人軍監督だった川上哲治がブラック球団と対峙する場面が結構スゴい。

アストロ球団1巻17話 川上哲治VSブラック球団 巌流島の戦い 動きすぎ
(1巻17話)
ブラック球団のピッチャーが左右に動きまくって、川上哲治を惑わす。一応巌流島の戦いを模してるんですが、さすがにピッチャーマウンドから離れたらアカン。反則という概念を軽くとらわれなさすぎ(笑)

結果的に川上哲治が思いっきりかっ飛ばす。やっぱさすがやなーと思ってたら…
アストロ球団1巻19話 いまさらルールを持ち出す
(1巻19話)
まさかの真っ当なルールを持ち出して、ドヤ顔で批判してくるブラック球団。今更すぎるやろ。川上哲治もガーンちゃうし(笑)

アストロ球団1巻インタビュー庵野秀明
(1巻)
エヴァンゲリオン監督の庵野秀明も巻末インタビューに答えてるんですが、「これ野球のルールを知ってたら、こんなこと描けないよなー」と一言ポツリ。

アストロ球団はギャグマンガではない!

ここまで読むと、アストロ球団はただのギャグマンガにしか思えない。ただ庵野秀明も言ってますが、少なくとも作り手側の遠崎史朗や中島徳博などはギャグマンガと思って描いてないはず。

例えば、宇野球一が魔球を投げるために、自分の手のひらに傷を付けようとする。実際の野球でも変化球を投げるためには、ボールに対して引っかかりが必要。だから指に油をつけたり舐めたりする。

じゃあ主人公の宇野球一がどうしたかと言えば、手の平に溝を掘ろうとする。感覚的には、でっかい指紋を作ろうとする感じ。
アストロ球団3巻16話 宇野球一が変化球を投げるためにドリル改造
(3巻16話)
ただドリルがめちゃめちゃデカイ。小さい溝どころじゃなくて、お前の手が無くなってしまうやろ。ここまで来ると狂気。ギャグマンガをもし描こうとすると、逆にここまでの発想はできないはず。

アストロ球団5巻インタビュー後藤編集者2
(5巻)
アストロ球団の担当編集者だった後藤という人がインタビューで答えてるんですが、作画の中島徳博に対して、「何故面白いネームが描けないんだよ!」と怒りのあまりに頭を殴ったらしい。編集者が思わず漫画家を殴打するって、それだけ作り手側からしてイカレt…もとい『熱い何か』を持っていた。

だからアストロ球団は笑いを狙ったものではなく、あくまで「破天荒さ」みたいなんを狙ったもの。実際、原作者の遠崎史朗曰く、「反権力」というテーマが根幹にあるそう。安保闘争が下火になって、若者がしらけてると言われた時代。そこにブワッと再び大きな火を灯したかったんだそう。

確かに、ややこじつけっぽいですが、まさに既存の価値観をぶっ潰そうという、狂気じみたものをアストロ球団には感じる。少なくとも、当時の社会思想や時代背景が色濃く反映されてたことに違いはなさそう。

まさに一試合完全燃焼。それを体現した野球漫画。「一試合を描ききる」情熱やパワーは今のスポーツマンガに足りない要素であることに違いない。最近のスポーツマンガは良くも悪くも、2巻分前後でポンポン試合が終わっちゃいますから。

ただその割に、2巻の金田ロッテ戦では9回表に一挙大量12点を入れたり、展開が地味に雑な部分もありますが。ラストにしても日米の野球リーグから追い出されて、まさかのアフリカへ向かってマサイ族と戦ったり(笑)

総合評価

アストロ球団は、かなりハチャメチャな野球漫画。今読み返してみるとギャグマンガにしか思えない。ただ考えてみるとサッカーマンガの金字塔と言われるキャプテン翼だって、サッカーのルールを忠実に守ってるかといえば甚だ疑問。それでもサッカーマンガの代表格みたいな扱いですからね。

ちなみに作画の中島徳博が、現在にも受け継がれる少年ジャンプの「アンケート人気至上主義」の導入を編集者に発案したそう。少年ジャンプに限らず、アンケート至上主義は批判されがちですが、逆にこのアンケートがなければ、今日の少年ジャンプはなかったでしょう。

だからアストロ球団は「既存の価値観や常識」を壊すようなマンガではありつつ、脈々と受け継がれるほどの「普遍的な価値観や絶対的な常識」を築いたマンガという矛盾が面白い。ただその「絶対的な価値観」に作画の中島徳博は潰されたようですが。

そんな中島徳博は昨年半ば頃に亡くなったようで、今更ながらお悔やみを申し上げます。もっと早い段階でアストロ球団は記事化したかったんですが、ここまで伸びてしまいました。あと言うまでもないですが、アストロ球団を好意的に評価したがる有名人も多いですが、もし漫画家を目指すなら話半分に聞いて鵜呑みにしない方が賢明。

◯展開…★3.5◯テンポ…★4
◯キャラ…★4◯画力…★3.5
◯大人買い…★3.5
◯おすすめ度…80点!!!!